2014年元旦の新月

今年も後残すところわずかとなって参りました。
この一年を振り返ってみていかがでしたでしょうか??

2014年最初の新月は、一年の始まりでもある元旦に起こります。
通常は次の満月までの2週間ほどを成就の目安としてお願い事をしたり
目標を立てたりしますが、今回は年の始めでもあるので
この一年間、もしくは一生をかけての大きな目標を立ててみたいですね。

今回の新月は20:14〜、山羊座で迎えます。
(ボイドタイムは 2日(木)20:11~3日(金) 03:03 になります)
山羊座は天職や社会性を司るので目標に向けてストイックに取り組む力を
与えてくれるでしょう。

また、今あなたが抱えている課題から逃げずに努力して解決するよう促します。
そして経済面での見直しを図るのにも適しています。
生活や仕事において自分独自の規則を設け、期日や締め切りを設定してみてください。

そんな山羊座の新月でかないやすい願いごとは、
「初志貫徹」「達成」「社会的地位」「勤勉」「処理能力」「目標設定」「成熟」「責任」など。

「努力は必須」という条件はつきますが、
大きな夢や願望を現実のものにする強いエネルギーを持っています。

守護星に時間を司る「土星」を持っていることから、時間の管理に関することや、
伝統的な「芸能」「建造物」「学問」など、歴史のあるものに関すること
達成までに時間のかかる長期目標などにも、山羊座の新月は大きな力を発揮してくれます。

関連のあるからだの部分・症状
骨と関節・ひざ・関節炎・リウマチ・胆嚢と胆石・皮膚・乾癬・かゆみなど。
改善や改善方法の発見を願ってください。
また、山羊座に月があるときは肌や歯を丁寧にお手入れするのに適しています。

この時期にお薦めするのは以下の通り。

*カラー    : 黒・茶
*ストーン   : トルコ石・ガーネット
*ナンバー   :8
*フード    : ウイスキー・古酒(泡盛)・ハンバーグ・唐揚げ
*アイテム : 松・スイートピー・サングラス・キーホルダー・電卓
*スポット  : 山・歴史的建造物・動物園
*ハーブ  : ブラックペッパー・ジンジャー
*アロマ  : シダーウッド・ジュニパー・サイプレス・マジョラム・サンダルウッド・パイン

以上です。

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ざっくりみていくと今回の新月には、冥王星と水星までもが付帯し
山羊座10度から12度までに月・太陽・冥王星・水星が直列します。

金星は山羊座で逆行中。火星にいたっては天秤座を7月まで出ません。
この期間、星座を移動する惑星は12日に水星が水瓶座に移るだけです。

牡羊座に天王星・蟹座に木星・天秤座に火星と
カーディナル星座に10分の8天体が集結し、カーディナル・グランドクロスの開始です。

この意味は変化。「大きな変化のうねり」ということです。

太陽と冥王星のコンジャンクションは 現状刷新力やカリスマ性を示し、
生まれ変わることを暗示しています。
まさに、新しい年、新しい人生がそこに展開してゆくようですね。

世の中の激動が私達の生活にも影響を与えてきそうです。
生活が急変していく方もいるでしょう。
守られた中での安心・安定を求めていると厳しく感じるかもしれません。
時には荒波を大きくジャンプして乗り越える勇気が必要なときともいえそうです。

なにかイライラしたり、せっかちになったりしやすい時期ですので
新年の忙しい時期もあせらずバランスを保つように心がけましょう。

最後までお読み頂きありがとうございます。

.。.:*・゚ 良いお年をお迎えくださいネ:*・゚。:.*


拾い話2『運命の扉を叩き続けよう』

これはネットで拾った話ではありません。

結構有名でご存知の方も多いかも…?

でも壁にぶち当たった時に、こうした話は私たちに勇気と希望を与えてくれると思います。

記憶をたどりながらの私なりの記述ですのでご了承くださいネ。

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ある実在の男の話。

父を早くに亡くし、大変貧しかった彼は、工場で働く母を助ける為に、6歳から料理を作り、幼い弟妹の面倒を見ていました。

僅か10歳で、農場に働きに出たので小学校しか出れず、
その後は独学で学びながら多くの仕事に就きます。

40種に渡る転職を繰り返し、タイヤのセールスをしている時に知り合った
石油会社の支配人に勧められ、ガソリンスタンドで独立したのは30代後半でした。

彼は真心を込めたサービスで利益を得る事を信念としていましたが、
大恐慌と干ばつにより、農民への売掛金が回収出来ずに倒産してしまいます。

その後も事業はことごとく失敗。正に挫折の連続で半生が過ぎていきます。

失意の中、物置を改造し、僅か6席の小さなレストランを開きます。

片腕である愛する息子を失ったり、火事に見舞われたりの不幸も乗り越えて
懸命に働きました。

素材にこだわった手作りの味と、細やかなサービスで、
いつしか行列が出来るほどになりました。

しかし運命はまたも彼を翻弄します。

新しいハイウェイの建設により車の流れが変わり、客足が途絶えてしまいます。

そして店を手放す事になりますが、負債を清算した手元にはいくらも残りませんでした。

彼の財産は、一台の古びた車と鍋、
そして子供の頃母が作ってくれた味を再現したレシピだけ…。

この時彼はすでに65歳。
年金は余りに少なく、とても生活が出来ない…。

だけど研究を重ねて作り上げた母の味をより多くの人に味わってもらいたい。
何より美味しいモノを食べた時の幸せそうな人々の笑顔をもっともっと広げていきたい。

彼は一念発起して、そのレシピを売る事業を始めました。

当時はまだFCの概念が無い時代。
レシピを教える代わりに売上の一部を支払ってもらうと言うビジネスが
そうそう受け入れられるはずもありません。

来る日も来る日も、レストランやドライブインに飛び込み、ある時はバカにされ、
ある時は蔑まれ…断わられ続けて、手持ちの資金も底をついて来ました。

しかし彼は諦めませんでした。

彼は決して人生を諦めなかった。

やっと彼の提案を受け入れてくれたレストランはなんと‼ 1010件目のレストランだったのです。

もしも彼が1009件目で諦めていたら…。

今のケンタッキーフライドチキンはありません。

彼の名前はハーランド・デヴィッド・サンダース。

余りにも有名な実話です。

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11月21日は始めて日本にケンタッキーフライドチキン1号店が出来た日だそうです。

人生はいつ花開くかは神のみぞ知る。
決して諦める事無く、運命の扉をノックし続けたいものですね!

どんなに重い扉でも、扉である限り必ず開くものだから…。